早稲田大学横浜稲門会ブログ

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【報告】 2025年10月11日 三金会開催

10月11日 三金会開催

 

10月11日(土)17時30分から、進交会館にて会員30名の出席のもと、10月三金会が開催された。

東島会長のご挨拶、ならびに新入会員【大西裕之さん(2000年社会科学部卒)、長嶋雅彦さん(1988年政治経済学部卒)および飯塚恒生さん(1971年理工学部卒)の3名】の紹介があった。

連絡事項として、仁井副会長から10月19日開催される「稲門祭」の案内があった。

今回の講演は、市島徹氏(1991年教育学部卒)による「早稲田大学野球部1990年春季リーグ優勝秘話」である。同氏は、1990年春季リーグのエースとして母校を優勝に導き、通算18勝を挙げた野球部OBで、現在藤沢稲門会に所属されている。

【1990年春季リーグ戦優勝秘話】

東京六大学リーグ戦での成績(市島徹氏)

1年生の0勝で防御率108であったが、2年生となると5勝で0.78に急上昇。

3年生は、怪我もあり、1勝と急降下。しかし、4年生では、怪我も克服し、7勝。

○恩師「石井連蔵監督」との出会い

石井連蔵氏の経歴)

1951年に早稲田大学野球部に進んだ「石井連蔵」氏は、東京六大学リーグ戦で在学中3度優勝を経験。「エース・4番打者」として大活躍。

1958年に25歳の若さで「早稲田大学野球部第9代監督」に就任し、眼光と厳しい顔立ち、過酷な練習から鬼の連蔵と呼ばれた。1960年には、早慶六連戦を指揮、チームを3季ぶりの優勝に導いた。

その後、1988年低迷していた早大野球部第14代監督に再就任。ここで、市島徹氏が石井連蔵監督に出会う。

(出会い)

市島徹氏が石井連蔵監督から学んだものは、常に「真剣」に取り組めということ。

石井連蔵監督は、市島徹氏をエースピッチャーとして信頼し、1990年春季リーグ戦(早慶戦)に臨んだ。

○1990年春季リーグ戦(早慶戦)での投手交代(優勝秘話)

講演では、次のような内容が、「テレビ映像(久米宏司会)」で流された。

早慶戦の3戦目、市島徹氏先発。ピッチャー同氏のまま、7回表3対3で、満塁。守る選手達と監督はエースピッチャー続投と思う中で、キャッチャーだけは、限界と認識し、交代を進言。結果、1年生ピッチャー大越に交代し、抑え勝利(15季ぶり優勝)。

選手達皆最後まで市島徹氏に投げさせたかった思い等で涙が溢れるシーンは感動。

会員の多くが青春時代を謳歌した昭和の終わりから平成の始めを思い出しながら、タイムスリップしたような感覚、そして、市島徹氏の半端ない臨場感と涙なしでは聞けない話に酔いしれた。

                文責 片倉昭彦 写真 稲葉昌史 記 仁井淳二

 

                講師 市島徹氏

東島会長挨拶

初参加者 大西裕之さん

初参加者 長嶋雅彦さん

初参加者 飯塚恒生さん

熱心に聞入る会場参加者